不死の人
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 パリで活躍される奈良ゆみさんは、帰国されれば必ずサロンに来られます。2001年11月
18日ご来訪時には、12月の大阪でのリサイタルについての話が主になりましたが、なに
よりも作曲家・松平頼則(まつだいら・よりつね)さんのご逝去に関する話に胸をしめつ
けられました。
 94歳にして、なお五線紙に向かう日々を続けられていた、世界の作曲界の長老の活動は、
当初から世界を相手にしたもので、チェレプニン賞やワインガルトナー賞を受賞して、海
外で早くから演奏されました。尹伊桑(ユン・イサン)も「自分を始め、アジアの作曲
家たちへの大きな励みになった」といったとのこと。彼は雅楽を研究し、西洋近代和声と
融合させることで独自の音楽を創造しました。

 作曲家は、自分の書く音楽を、いのちあるものとして再創造できる演奏家が発見すれば、
その人のために曲を書く。松平さんにとっては、ソプラノ歌手・奈良ゆみさんが創造の霊
感を吹き込むためのミューズでした。モノオペラ「源氏物語」や、三好達治の「いにしへの日」、
そして百人一首。絶筆となったのも彼女のために書かれた作品{鳥の急ー迦陵頻ー』でし
た。
 ご逝去の日のわずか一週間前に、新作についての自筆の手紙がファックスで奈良さんの
お宅に届き、松平さんの死の数時間後に、パリの奈良さんの手元に届けられた……。

 12月12日のフェニック・スホールでのリサイタル「いま、魂の歌を!」は、すばらしい
コンサートになりました。ジョン・ケージがあり山田耕作がある。ファリャがあり、ヴァ
イルがあり、シャンソンもある。高貴も卑俗も、前衛も大衆も、ぜんぶ引き受けて、しか
も歌っているのは奈良ゆみさん以外のなにものでもない、というすがすがしさ。
 すべてのプログラムが終わって、奈良ゆみさんは松平頼則さんとの縁を話され、彼の曲
を歌いました。分けても「七月の歌」!圧倒的な超絶技巧が駆使された歌曲で、奈良さ
んでなければ、という作曲家の思いまで伝わります。
 栄誉をうけながら、松平さんの最晩年は幸せではありませんでした。ひたすらに奈良ゆ
みさんの歌声を求めて曲を書いて、果てた。ゆみさんは歌う。そして、ゆみさんの歌を聴
いた次の世代の歌手が松平作品に挑むでしょう。
 だから、作曲家・松平頼則は、死なない。

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